近代ゴリラの読書感想文

元予備役。司法試験合格。国家総合職試験合格。

 近代ゴリラ=インテリジェントゲリラ

【読書感想文】団藤重光 VS スティーブ・ジョブズ

この一筋につながる

団藤重光著

岩波書店

1986年

 

1 概要

2 三島由紀夫、そして、ユーモア

3 団藤重光 VS スティーブ・ジョブズ

 

この一筋につながる

この一筋につながる

 

 

1 概要

 本書には、団藤重光博士のエッセイ、講演録が収録されている。

 本人の表現を借りると、「ささやかな雑文集」(はしがき)である。

 団藤博士については、法学部を出た者には説明不要であろう。

 詳細は、各自でご確認いただきたいと思う。

 

2 三島由紀夫、そして、ユーモア

 本書には、「三島由紀夫刑事訴訟法」というエッセイが収録されている。

 このエッセイは、三島由紀夫の「法律と文学」というエッセイに対する団藤博士のアンサーであり、三島由紀夫の没後に書かれたものである。

 三島文学の愛好家にとっては、必読のエッセイである。

 

 三島由紀夫の「法律と文学」の書き出しは、以下の通りである。 

 

 本学の法科学生であったころ、私が殊に興味を持ったのは刑事訴訟法であった。

 団藤重光教授が若手のチャキチャキであった当時のこととて、講義そのものも生気溌溂としていたが、「証拠追求の手続」の汽車が目的地へ向かって重厚に一路邁進するような、その徹底した論理の進行が、特に私を魅惑した。 

(※現代表記に改めた『三島由紀夫評論全集 第三巻』新潮社、1989年、397頁)

 

 これに対して、団藤博士は、以下のとおりアンサーする。

 わたくしが「チャキチャキ」であったかどうかは知らないが、「徹底した論理の進行」に「一路邁進」していたことは事実だ」(114頁)

 

 上記の記述からも分かる通り、団藤博士は、文章や喋りにユーモアを含ませるタイプであるようだ。

 本書の中から、いくつか引用する。

 

①講演会における聴衆の集中力を切らさないための工夫。

  ここまでちょうど一時間たちましたから、ここらで眠気ざましにナゾナゾをちょっと入れます。

 これをちょっとお考えになりながら、あとを続けてお聞きになりますと、少しは退屈しのぎにおなりになろうかとおもいます。

 あと、退屈なことがたくさん出てまいりますから、いまのうちにあくびを十分なさっておいていただきたいとおもいます。(75頁)

 

②最終講義における、やたらと爽やかな結びの言葉

  

いよいよこれがわたしが東大で講義といったような形でお話しする最後でありますので、諸君に、重ねて、各自でよくお考えなさい、何事にも流されないで自分でお考えなさい、ということを繰り返します。

 どうぞ諸君、ごきんげんよう。(167頁)

 

 

3 団藤重光 VS スティーブ・ジョブズ

 さて、本書のタイトルとなっている「この一筋につながる」とは何のことか。

  

「この一筋につながる」というのは、わたくしの生涯の信条である。

 いうまでもなく、これは芭蕉のことばであって、本書におさめた二番目の文章は、これを正面から取り上げたものである。…

 「この一筋につながる」ところの生き方には、人それぞれに千態万様のものがあるとおもう。

 はじめから惑いもなく「この一筋につながる」ことは、むしろ稀有であろう。

 迷いぬき苦しみぬいて、やがて「この一筋」に生き甲斐を見出すことができれば、しあわせというものである。

 それぞれに生まれながらの運命のようなものを担いながらも、みずからの意志と力とによって、将来を切りひらいて行くのが人生というものではないだろうか。(はしがき)

 

  私は、この文章を読んだ時に、スティーブ・ジョブズのスピーチとの類似性を見出した。

 スティーブ・ジョブズスタンフォード大学の卒業式で行った“Stay hungry, stay foolish.”で結ばれるスピーチはあまりに有名であり、言及される場面も多い。

 同スピーチの中で、connecting the dotsというトピックがある。

 

You can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backward.

So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.

You have to trust in something ― your gut, destiny, life, karma, whatever.

This approach has never let me down, and it has made all the difference in my life.

 

(訳)

 先を見据えて、布石を打つことなどできない。

 過去を振り返ることによってのみ、これらの布石をつなげることができる。

 それゆえ、今打っている布石が、将来、何らかの形でつながり、結実することを信じなければならない。

 あなたは、自らの本能、運命、人生、輪廻など、とにかく何かを信じなければならない。

 私は、このアプローチの結果に裏切られたことはなく、私の人生に革新がもたらされた。

 

 「この一筋につながる」と同内容ではないだろうか。

 それゆえ、私は、今後、スティーブ・ジョブズのconnecting the dots を引用すべき場面に出くわしたら、代わりに「この一筋につながる」を紹介しようと思う。

 「この一筋につながる」の方が、芭蕉を典拠としている点で趣があると考えるからである。

 なにより、スティーブ・ジョブズのスピーチを紹介するよりも「この一筋につながる」を紹介した方が意外性がある。