僕が右翼になった理由、私が左翼になったワケ
1997年
1 概要
右翼代表の鈴木邦男氏と左翼代表の多和田進氏の対談である。
本書は、二部構成である。
第一部は多和田氏が主体となり左翼となったワケを語り、第二部は鈴木氏が主体となり右翼になった理由を語る。
もっとも、対談であるがゆえに、主体の位置付けは確固たるものとはなっていない。
2 コメント
(1)
結局のところ、鈴木氏が右翼になった理由も多和田氏が左翼になったワケもよく分からないまま終わる。
逆に言うと、これだけ確たる思想を有している両氏であっても、思想的な立場決定は必ずしも合理的になされている訳ではないことが分かる。
意図しない態度決定や偶然与えられた環境の影響が大きい。
和多田氏は言う。
私の中学三年のときがちょうど六〇年安保です。国会周辺のデモの様子なんかをラジオにかじりついて聴いていたんでです。国会を取り巻くデモ隊のことがニュースでどんどん報じられる。実況放送でずーっとやっているわけです。それを聞いているうちに興奮してきて、自分はこんなボーッとしてちゃいけないんじゃないかと思いだすわけです*1。
鈴木氏は言う。
(2)
本書のカバーには、「『意味』と『整合性』の体系を疑い、『思い込み』からの脱却をめざす静かな対話。」という謳い文句がある。
しかしながら、本書の内容の大半は、この謳い文句からは距離のある雑談が多い。
偏差値教育弊害論、「最近の若者は…」的な若者論などはどこかで聞いたことのある説教じみた感じがする。
この点について、多和田氏もあとがきで鈴木氏の右翼の論理の本質に切り込む前の段階で対談が終わってしまったと自認している。
もっとも、全てが冗長という訳ではない。
このような緊張感のある瞬間を目の当たりにできることに本書の価値があると思う。
また、上述のとおり、思想的な立場の決定は偶然によるところが大きいと考えられる。
それにも関わらず、人は、そのような情念を基礎とした思想に熱を帯び、時としてそれが全てであるかのように振る舞うことすらある。これは、頭の片隅に常駐させておくべき重要事項であろう。
(3)
なお、本書の奥付の年号は「核時代」となっている。
先の大戦で原爆が投下された時点を元年とする年号らしい。
また、消費税を「悪税」と表記している。
具体的には、カバーの価格は「定価=1442円(本体1400円悪税=42円)」と記載されている。
ここまでくるとやり過ぎな気もするが、神は細部に宿るということだろうか。