近代ゴリラ=インテリジェントゲリラ

【読書感想文】砂の女

砂の女

安部公房

新潮文庫

砂の女 (新潮文庫)

おすすめ ★★

近代ゴリラレベル ★★★

 

1 概要
  部落に迷い込んだ主人公の男は、砂の穴の中にある住居に閉じ込められる。
  当該居宅には、元からの住人である女がおり、男は、女との奇妙な共同生活を強いられる。
  本作はこの奇妙な共同生活の実存的な描写である。
 
2 欲求の相対性
  砂の穴の中の住居において、主人公の欲求は激しく転回する。
  時には、不快感からの脱却を渇望する。
  時には、執拗に新聞を求める。
  時には、女に対して性欲をかきたてる。
  時には、脱出のためには公衆の面前で性行為をする羞恥心すら乗り越えようとする。
  時には、個性を捨てて、助けを求めて泣き叫ぶ。
  脱水状態では、水を渇望する様が生々しく描かれる。
  いざ、脱出が可能な状態になると、脱出よりも貯水装置に関心に移る。
 
  このように、場面ごとによって、男の優先順位、欲求は激しく転回する。
  人間の欲求は当然相対的であり、我々の欲求も場面によって変容するものである。
  本作では、砂の穴の中の生活という極限の場面設定により、欲求の相対性が引き延ばされて強調されている。
 
  この「相対性」は、形があるようでない、流動的な「砂」と重なるところがある。
 
 
3 コントラスト
  本作の構成として、冒頭で主人公について失踪宣告の申し立てがなされ、末尾では、公示催告と失踪宣告の審判書が示される。
  主人公の極めて具体的な苦悩の描写が続いているのにも関わらず、外の世界では一般的抽象的主体として処理されるのである。
  本作はこのようなコントラストによって構成されている。
 
4 終わりに
  閉鎖空間、かつ、実存的描写という特徴は、カミュの『異邦人』を彷彿とさせる。
  しかし、『異邦人』の場合には、逮捕され投獄された後、檻の外の生活を想起する場面が多い(そのため、前半の淡々とした生活描写はこの場面のための伏線となっている。)。
  一方で、本作の場合は、砂の穴の中の住居という閉鎖空間であるものの、従来の生活を想起する場面はあまりなく、閉鎖空間での生活が淡々と描写されている。
  
  また、以前、安部公房の『箱男』をとりあげたが、『箱男』と比較すると本作は分かりやすいと思う(しかし、謎は多い)。
 
 
備忘
(頁)
11 変種=適応性の強さ。
37 砂→形態を持たないことこそ力の最高の表現ではあるまいか。
49 水に船なら、砂に船でもいいはずだ。固定観念からの脱却。
71 思考の糸をほぐす。少し考えると、無理難題ではない。
90 風景画が自然が稀薄な場所で発達し、新聞は人間関係が希薄な場所で発達したと聞いたことがある。
108 その灰色のキャンバスにせっせと幻の祭典のまねごとを塗りたくる。インスタ映え。「リア充」。意識高い系。
179 もしこれが音の波だったらどんな音楽が聞こえてくるだろう。
222 死に際に個性が何の役に立つ。
246 刑の執行者。外の世界との関係で見れば哀れな犠牲者。