おすすめ ★★★★★
近代ゴリラレベル ★★★★★
1 はじめに
2 主人公
3 登場人物
4 数値化可能なものと数値化不可能なもの、あるいは、合理と不合理、そして人間の感情
5 おわりに
1 はじめに
冬物語。
冬=受験時代である。
主人公の森川は浪人生である。
そして、第1巻で東大を目指す雨宮しおりに惹かれ、学力は圧倒的に不足しているにも関わらず東大を目指すという舞台設定がなされる。
しかし、この舞台設定とは裏腹に、本作は、「主人公森川がいかにして東大に合格するか」という方向に展開しない。
つまり、ドラゴン桜とは全く違うノリの作品なのである。
なお、本作は漫画であるが、漫画を読むことが知的営為であることを私は疑わない。
高校卒業までの私の読解力は漫画の熟読によって形成されたと言っても過言ではない。
2 主人公
主人公森川は専業受験生であり、かつ、東大を目指してるにも関わらず、ほとんど勉強しない。
圧倒的ダメさ加減をまとう森川に読者はいらだちすら覚えるかもしれない。
しかし、森川のダメさ加減は本作を構築する基礎となっているため、受忍する必要がある。
浪人生という不安定な身分を基礎に、主人公森川の優柔不断な性格が不安定さをブーストすることにより人間関係が交錯し、ドラマが生まれる。
後述の通り、私は本作の心理描写を高く評価する。
そして、この心理描写は主人公森川の性格を基点として、あるいは、主人公森川の性格が周囲に影響を与えたことで成立しているのである。
3 登場人物
ここで、主要な登場人物を1人ずつ挙げてその特徴と物語において果たす役割について記述しようと考えた。
しかし、少し考えた後、思いとどまった。
この試みは多分にネタバレ的要素を含むことに加え、そのような記述を物語から離れて展開したところであまり面白くない(そもそも、量が膨大になりそうで面倒である。)。
もっとも、支離滅裂で恐縮だが、網羅的な登場人物紹介はしないものの、以下の二人だけはどうしても紹介する必要がある。
(1)雨宮しおり
「ミスコンの優勝者予想の心理」がある。
すなわち、ミスコンの優勝者を予想する場合、自分が良いと思う候補者を選ぶのではなく、一般的に見て良いと思われる候補者を選ぶという視点の転換をするはずである。
しおりは、まさに「一般的に見て良いと思われる」要素で武装された存在である。
彼女は周囲から才色兼備としてもてはやされる場面が度々描かれている。
上記のトゲのある表現からも明らかだと思うが、私は、しおりはそれほど魅力的人物には描かれていないという印象を受けた。
東大至上主義を持ち、数々の振る舞いから計算高さがにじみ出ている。
いわば、究極の世渡り上手である。
恐らく著者は確信犯的にこのような描き方をしたのだと思う(一方で、時折、しおりを魅力的に描いてくるところに著者の巧みさがある。)。
上記のような特性を有するしおりに主人公森川が一目惚れしたことが物語の基点となる。
(2)倉橋奈緒子
奈緒子は、序盤から明示的に主人公森川に好意を示す。
圧倒的ダメ人間の森川に好意を寄せる理由は最後まで不明のままである。
そして、彼女自身も何故そうなったか不明であるという描き方がされている。
このように、しおりとは異なり、一般的な基準からすると不合理な感情の揺れとと共に不合理な選択、行動も辞さないという魅力が強調されている。
4 数値化可能なものと数値化不可能なもの、あるいは、合理と不合理、そして人間の感情
上記第3項と同様、本作の優れた点を紹介すると、どうしてもネタバレ的要素を含んでしまうこととなる。
それゆえ、抽象度を高めた表現にて、本作で特に光る部分を記述することとする。
本作の世界は、極端な学歴主義・偏差値主義が共通認識となっている。
私は、この作品で描かれている当時の世の中の空気感を知らないので何とも言えないが、ここまで偏った認識は共有されていなかったと推測する。
そうだとすると、本作における極端な学歴主義・偏差値主義もまた意図的な舞台設定の一つである。
一方で、本作の登場人物が輝く場面は、不合理を背景とした時なのである。
一方で、しおりが最終的に東大に合格し、彼氏と共に感涙する姿も描かれているが、多くの読者はこの場面を冷ややかに見送ることと思う。
本作は、当事者間のやり取りや設定は雑であると言わざるを得ない。
もっとも、そのような雑さの中に光る秀逸な心理描写は一級品だ。
主人公森川が夜中のゴミ捨て場に東大の赤本をそっと投げ捨てる場面、空港で号泣しながら奈緒子に歩み寄る場面、奈緒子がしおりの頬を叩く場面など、台詞は一言もないところで、読者に深い感情的動揺を与える描写があり、人間心理の描写の巧みさが光っている。
5 おわりに
上述の通り、本作は極めて秀逸な心理的描写を含んでいる。
しかし、本作のコミカルな場面はかなり雑に描かれており、コメディ部分だけを切り取ると完成度は低いと言わざるを得ない。
そのため、ある程度本作の本質的部分に没入でき、心理描写の巧みさを見いだせないと本作は駄作として切り捨てられることとなるだろう。
現に、私は数名に本作を勧めたが、全員が本作を秀作と評価した訳ではなかった。
本作は、完全無欠の作品ではなく、荒削りに本質に肉薄していく、クセのある秀作なのである。