本作品は、権威主義的法学者が私情で破滅していくという明確な舞台設定で展開する。
論理で割り切れない情念に飲み込まれていく中で、高尚な理念や理論が空虚に響きわたる場面が何度も描かれる。
上述の舞台設定のもとでは、理念や理論は高尚であればあるほど滑稽さを増すのである。
・・・どんな理論を専門分野で作りあげておろうと、人は生活の磁場においては、人なみに北と南を指す平凡人であるいがいにあり方はないと思いつつ。
341頁
さらに、時折顔をのぞかせるアイロニーが高尚な理論・理念をさらに追い詰める。
「その猿は気にくわんね。」
「そうですか。」
・・・
「うかがいましょう。わたしのほうからも補うべきことがございます。」
「まず第一に、・・・・・・」規典の肩の上のポケットモンキーが、私の真似をして身をのりだすようにした。
422~423頁
なお、本作品で法律用語が不正確に用いられている箇所が散見された。
もっとも、本作品における人間感情の源泉の素描は、このような揚げ足取りを全く意に介さない凄みを持っている。
・・・もし、この世界に悪魔が存在し、ときとして人間が完璧な修羅と化すことがあるとしても、元来、悪魔なるものは非人間なものではなく、むしろ、人間の一部族にすぎないものであるから。
293頁