「毒薬の社会的効用について」(『殉教』収録)
おすすめ ★★★★
近代ゴリラレベル ★★★★
1 「あなたは切り札を持っているだろうか?」
あなたは切り札を持っているだろうか?
なぜ、いきなり意味深長な問いを発したのかというと、紹介する作品が切り札をテーマにした短編だからである。
そして、作品のタイトルから分かるとおり、本作における切り札は毒薬なのである。
同作品は、三島由紀夫の短編集『殉教』に収録されている。
2 概要
主人公(厳密には、作品中で紹介される伝記の主人公)の男は、日々の単調な生活に辟易としている。
そんな平凡な日々から脱出すべく、思い悩んだ末、一つの名案(迷案)が浮かぶ。
「毒薬で動物園の動物を殺せばいいんだ!」
男は、毒薬を携え、動物園に赴く。
そして、毒薬をパンに染みこませ、動物に差し出す。
しかし、動物はいずれも警戒してパンを食べようとしない。
かくして、男の試みは未遂に終わる。
翌日から、また単調な日々が再開する。
いつも通りの平凡さである。
しかし、男は、従来とは何かが違うという違和感を覚える。
そして、この違和感は悪い違和感ではないことに気づく。
周囲の人間が自分を良くしてくれているのだ。
ここで男は頭を悩ます。
自分は何一つ変わっていないのに何故周囲の自分に対する態度が変わったのか。
男は気づいた。
「今の自分は毒薬を持っている!」
毒薬を持っている自分は、その気になれば周囲の人間を毒殺できる位置にいる。
この事実が、知らず知らずのうちに自らの立ち振る舞いを変え、周囲から見ると自分がひとかどの人間に映っていると思われる。
つまり、男は毒薬という切り札を切ることなく、平凡な日々から脱出するという目的を達成した訳である。
勢いに乗った男は、社会的に成功し、富を築くこととなる。
このように、毒薬は、切らずして効用を発揮する最強の切り札となった。
しかし、男は、最後、意外な形でこの切り札を切ることとなる…。
3 コメント
切り札=毒薬をどう使ったかはご自身でご確認いただきたい。
ある者は「そう来たか」とニヒルな微笑をうかべるかもしれない。
ある者は意外性に動揺するかもしれない。
ある者は納得がいかず、自分なりの代替案を提示するかもしれない。
いずれにせよ、結末はご自身の目でご確認いただきたい。
本作は20頁程度の短編であるため、気軽に読める。
なお、切り札を持っていることの意味を描いた秀作として山川方夫著「お守り」がある。
こちらは、短編集『夏の葬列』に収録された作品であり、気が向いたら表題作も含めて紹介したい。