おすすめ ★★
近代ゴリラレベル ★★
1 カインとは
2 繊細と鈍感、勝者と敗者
3 おわりに
1 カインとは
カインの典拠は、『旧約聖書』の「創世記」である。
カインは主に言った。「わたしの罪は重すぎて負いきれません。今日、あなたがわたしをこの土地から追放なさり、わたしが御顔から隠されて、地上をさまよい、さすらう者となってしまえば、わたしに出会う者はだれであれ、わたしを殺すでしょう。」主はカインに言われた。「いや、それゆえカインを殺す者は、だれであれ七倍の復讐を受けるであろう。」主はカインに出会う者がだれも彼を撃つことのないように、カインにしるしを付けられた。(「創世記」 第四章第十三ー十五節)
2 繊細と鈍感、勝者と敗者
本書の著者である中島義道氏は、カインは繊細さを持つ者であり、それゆえ世間一般にいうところの勝者になるにはハンデがあると喝破する。
逆に、鈍感な者は勝者になりやすいとする。
この点は非常に納得できる。
世間の常識、所与の前提を無批判で受容し、自らの正当性を露とも疑わない鈍感な者たちに繊細な者は簡単につぶされてしまう。
本書は、繊細な者=カインを対象とした荒治療、著者の言葉を借りるならば「グロテスクな人格改造術」なのである。
やや脱線するが、あるTV番組で、マツコが、根拠のない自信を持っているフリーターの若者に対して、「鈍感というのは生きていく上で重要な能力だ」と発言していたのを思い出した。
3 おわりに
本書は二面性を有していると思う。
ひとつは、カインに対して「グロテスクな人格改造術」を示すことで、人工的に「強さ」を獲得し、「うまく生きること」ことは可能だと示す面である。
いまひとつは、カインに対して「グロテスクな人格改造術」を示すことで、人工的に「強さ」を獲得し、「うまく生きる」ことはそんなに良いことではなく、「弱い」ままでいることによる輝きがあることを暗に示す面である。
著者による少々行き過ぎに思える提言や主張の数々は、後者の面を浮き上がらせるための確信犯ではないだろうか。
そして、著者が30年前の自分に向けたメッセージという体裁のあとがきの含みが何とも切ない。
やはり、きみのままで、不器用なままで、弱いままで、生き延びる道はあったのではないか?ぼくは、このごろそんなことばかり考えているんだよ。最後に、ほんとうのことを語ろう。ぼくにもきみのような「弱い」ときがあったことを、いま誇りにしている。それだけが、自分のほとんど唯一の誇りなんだよ。きみはわかってくれるだろうか。(219頁)