賢者の誘惑
1998年
1 概要
本書のタイトルである『賢者の誘惑』とは何か。
著者によると、これは賢者による話し言葉への誘惑である。
そして、著者は、賢者の誘惑に駆り立てられ、会話体による論述を試みる。
本書は全編を通じて会話体の文章で成り立っているところに特色がある。
著者は、会話体の論述により、賢者が著者を誘惑したように、読者を誘惑することができるか。
2 コメント
賢者の誘惑に駆り立てられ、会話体の論述に挑んだ著者は、必ずしも読者(私)を完全に誘惑できたとは言い難い。
例えば、第三章である「賢者たちの饗宴」は単なる知り合いとの雑談に終始している感がある。
また、第二章の「自己との対話」についても、自分で自分にインタビューすることで通常の論述とは異なる意義を見出そうとする。
しかし、 議論の深まりは、著者のその他の文章と大差ないように思える。
ただし、第一章の「佯狂賢人経綸問答」は本書では唯一、会話体による論述の魅力がある。
本章では、著者と架空の大学教授との対話となっている。
大学は東京都立松沢大学であり、教授の名前は芦原金次郎である。
フィクションであるこれらのネーミングには多少問題があるがここでは措く。
当然、架空の人物である松沢大学の芦原教授は、そのネーミングを反映した人物として描かれている。
対話においては、芦原教授が決定的な問題発言や支離滅裂な発言をしそうになると、秘書が対話を強制終了させるテンポが小気味よい。
呉 わかりました!人権だの、民主主義だの、永久平和だの、こういう主張は、最後には地震禁止や地すべり反対デモに行きつくと、こうおっしゃりたかったんですね。芦原 そうだ。ところで、私はこのところ神経痛がひどくてね。いたたたた。どうも気圧が下がっているようだ。呉 台風が接近していますからね。芦原 腹立たしいかぎりだ。知識人や労組はなにをやっているんだろうか。台風反対のデモや集会を・・・。秘書 先生はお疲れが大変ひどいようですので、これまでにしてください。呉 ありがとうございました。
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