近代ゴリラの読書感想文

元予備役。司法試験合格。国家総合職試験合格。

 近代ゴリラ=インテリジェントゲリラ

【読書感想文】紳士協定

紳士協定 私のイギリス物語

紳士協定―私のイギリス物語―(新潮文庫)

 
 佐藤優氏は、外務省入省2年目に語学研修でイギリスに駐在していた。
 この際のステイ先で出会った12歳の聡明な少年であるグレンとの会話や交流を中心に描いたノンフィクションが本書である。
 
 本書の特徴として、ノンフィクションであるにもかかわらず、どこか非現実的な雰囲気をまとっていることが挙げられる。
 
「・・・人間は、できないようなことをいろいろ試行錯誤して、その中で生きていくしかないということを『不可能の可能性』という言葉で表現しているんだ」
 
「でも『不可能の可能性』という英語は、とても変な感じがするよ」
 
「その変な感じがいいんだ。変な感じを与える表現をすることで、普段考えないことを考えるきっかけにするんだ」(144頁)

 

 佐藤氏は、このような本書の特徴を「当事者手記なので、ジャンルとしてはノンフィクションに属するのであろうが、ビルドゥングスロマン教養小説)のような雰囲気がある」とする(390頁)。
 
 
 
 佐藤氏とグレンとの交流の中で、劇的な急展開はなく、淡々と時間が経過していく。
 劇的な出来事がないからこそ、登場人物の微細の心情の揺れが克明に描かれることとなる。
 そして、読者としても純文学を読むような心持ちで本書を読むこととなるため、描かれた心情のさざ波を受け取ることができる。
 
 グレンはストックホルム日本大使館気付で何度か私に手紙を送った。
 そこには、「ソ連の大学生とイギリスの大学生はどう違うか」、「大学を卒業するのとしないのとでは、将来の可能性がどう異なるのか」というような質問が書いてあった。
 私はグレンの質問に答えなかった。
 あのときグレンは大学進学について、真剣に悩んでいたのだ。
 困っていることについて助け合うというグレンとの紳士協定を、私は破ってしまった。(381~382頁)