近代ゴリラの読書感想文

元予備役。司法試験合格。国家総合職試験合格。

 近代ゴリラ=インテリジェントゲリラ

【読書感想文】一投に賭ける

一投に賭ける
上原善広
角川書店
2016年

 

一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート (角川文庫)

 

 一般に、時代の流れにしたがい、競技レベルは高まっていく。
 陸上競技についても、年々記録が更新されていく。

 

 このような一般的な傾向の中で、日本記録を眺めると、やり投げが30年以上前の記録であるが分かる。
 そして、その30年以上前の日本記録は、当時の世界記録に数㎝まで肉薄していたことも知ることとなる。

 

 その日本記録保持者が、溝口和洋選手であり、本書の主役である。
 なお、本書では、実際は世界記録が更新されていたと述懐する(140~150頁)。

 

 私は、高校の時に、溝口選手の存在を知った。
 溝口選手は、私がウエイト原理主義者となる原因をつくった人物である。
 思いは尽きない。

 本書が出版された際、私は、独り喝采した。
 出版にとどまらず、本書は文庫化もされたようである。
 本書が多くの読者を獲得しているということであり、非常に喜ばしい。

 また、本書は、あえて一人称の文体で構成した点が注目を集めているようである。
 しかし、本書の真価は文体や体裁といった次元の話ではない。

 


それからの私は、一切の常識を疑うようになった。
投げられないのだから、考える時間はたっぷりある。22頁

 

 そして、溝口選手が得た結論は、極端ではあるが、とてもシンプルなものである。

 

ここでもシンプルに一から考えてみた。
・・・外国人選手との最大の違いといえば、パワーだ。
・・・このパワーを伸ばすもっとも良い練習とは何かを考えてみると、それは「ウェイト」という答えになる。
ウェイトだけが、筋肉量を増やせる唯一の手段だからだ。
そこで、私は、練習のほとんどをウェイトにすることにした。
パワーをつけるにはこの方法しかないからだ。26頁

 

 ウエイト原理主義宣言である。
 このウエイト原理主義の部分は、本書の素描である『異形の日本人』で紹介されており、wikiにも記載されていた。
 高校時代の私は、これらを知り、ウエイト原理主義に入信することとなった。

 

 

 本書の第二章「確立」は、トレーニングの基本指針とともに、具体的なウエイトのメニューが紹介されている。
項目だけ見ても、ウエイト原理主義者を刺激する内容となっている。
「トレーニングはウェイトだけ」
「筋肉量を限界まで増やす」
「ウェイトで神経回路を開発する」
「スクワットは上半身を意識する」

 

 「投げる前はリラックスしろ」というのは全く誤解だ。これは全ての競技に通じることだと思う。
真のリラックスとは「力は入っているのだが、自分では意識していない状態」のことを指す。56頁

 

 また、俗的な話題もスケール大きい。

この頃にあった日本選手権の前夜、私ナンパに成功して朝方まで女といたが、さすがに翌日は二日酔いと、いつもと違う動きをしたので疲れていた。
それでも八〇m台を投げて優勝したが、これは何か不意なことが試合前に起こっても、対処できるようにと考えて、意図的にしていたことだ。70頁

 

 一見すると奇異に見える行動、トレーニングも彼なりの理屈づけのもとに実践されている。
 そのため、オリンピックの舞台で思うような投てきが出来ずに、挫折をした後の再起についても、やはり、「一からヒトの動作を考える」とこらからはじめている(98頁)。

 

 その他の事項についても、本書は、溝口選手の魅力を描き出している。
 本稿では、ウエイト原理主義にスポットをあてたが、その他の事項についても是非読んでほしいと思う。

 ノンフィクションの名作である。