一般に、時代の流れにしたがい、競技レベルは高まっていく。
陸上競技についても、年々記録が更新されていく。
このような一般的な傾向の中で、日本記録を眺めると、やり投げが30年以上前の記録であるが分かる。
そして、その30年以上前の日本記録は、当時の世界記録に数㎝まで肉薄していたことも知ることとなる。
その日本記録保持者が、溝口和洋選手であり、本書の主役である。
なお、本書では、実際は世界記録が更新されていたと述懐する(140~150頁)。
私は、高校の時に、溝口選手の存在を知った。
溝口選手は、私がウエイト原理主義者となる原因をつくった人物である。
思いは尽きない。
本書が出版された際、私は、独り喝采した。
出版にとどまらず、本書は文庫化もされたようである。
本書が多くの読者を獲得しているということであり、非常に喜ばしい。
また、本書は、あえて一人称の文体で構成した点が注目を集めているようである。
しかし、本書の真価は文体や体裁といった次元の話ではない。
それからの私は、一切の常識を疑うようになった。
投げられないのだから、考える時間はたっぷりある。22頁
そして、溝口選手が得た結論は、極端ではあるが、とてもシンプルなものである。
ここでもシンプルに一から考えてみた。
・・・外国人選手との最大の違いといえば、パワーだ。
・・・このパワーを伸ばすもっとも良い練習とは何かを考えてみると、それは「ウェイト」という答えになる。
ウェイトだけが、筋肉量を増やせる唯一の手段だからだ。
そこで、私は、練習のほとんどをウェイトにすることにした。
パワーをつけるにはこの方法しかないからだ。26頁
ウエイト原理主義宣言である。
このウエイト原理主義の部分は、本書の素描である『異形の日本人』で紹介されており、wikiにも記載されていた。
高校時代の私は、これらを知り、ウエイト原理主義に入信することとなった。
本書の第二章「確立」は、トレーニングの基本指針とともに、具体的なウエイトのメニューが紹介されている。
項目だけ見ても、ウエイト原理主義者を刺激する内容となっている。
「トレーニングはウェイトだけ」
「筋肉量を限界まで増やす」
「ウェイトで神経回路を開発する」
「スクワットは上半身を意識する」
「投げる前はリラックスしろ」というのは全く誤解だ。これは全ての競技に通じることだと思う。
真のリラックスとは「力は入っているのだが、自分では意識していない状態」のことを指す。56頁
また、俗的な話題もスケール大きい。
この頃にあった日本選手権の前夜、私ナンパに成功して朝方まで女といたが、さすがに翌日は二日酔いと、いつもと違う動きをしたので疲れていた。
それでも八〇m台を投げて優勝したが、これは何か不意なことが試合前に起こっても、対処できるようにと考えて、意図的にしていたことだ。70頁
一見すると奇異に見える行動、トレーニングも彼なりの理屈づけのもとに実践されている。
そのため、オリンピックの舞台で思うような投てきが出来ずに、挫折をした後の再起についても、やはり、「一からヒトの動作を考える」とこらからはじめている(98頁)。
その他の事項についても、本書は、溝口選手の魅力を描き出している。
本稿では、ウエイト原理主義にスポットをあてたが、その他の事項についても是非読んでほしいと思う。
ノンフィクションの名作である。