近代ゴリラの読書感想文

元予備役。司法試験合格。国家総合職試験合格。

 近代ゴリラ=インテリジェントゲリラ

【読書感想文】サラ金の歴史

サラ金の歴史 消費者金融と日本社会
小島庸平著
中公新書
令和4年

サラ金の歴史 消費者金融と日本社会 (中公新書)

 

 

 本書は、研究者による著作であり、できる限り党派性を排除すべく記述されていることが良い。

 

 

サラ金の問題は、ひとまず業界とは距離を取り、歴史として批判的に整理される必要がある。
 だが、かといって被害者側の視点からだけでは、問題の全貌を明らかにすることは難しい。
 サラ金業者の主体的で革新的な経営努力が、なぜ多くの人びとを破壊に追いやったのか。
 その具体的なプロセスを、サラ金業者と利用者の双方の事情を踏まえ、可能な限り内在的に説明しようというのが、本書の試みだった。311頁

 

 

 有価証券報告書等の一次資料や、関連する書籍、新聞・雑誌記事等を網羅的に収集・分析するというオーソドックスな文献史学の方法を、基本的には採用している。
 とかく論争的な分野で「中立」性を確保するために意識して採用した方法であり、他の類書に見られない試みとして著者なりに自負している・・・。320頁

 

 党派性を帯びた情報が氾濫する中、このように意識的に中立的であろうとする情報を思考の起点としたい。


 また、本書は、戦前の「素人高利貸」の時代からの消費者金融史(業態の合理化の過程等を含む)をなぞるだけではない。
 債権者側の債権回収における感情や特殊な労務管理、債務者側の心理も丹念に分析しており、読ませる内容となっている。

 

 図式的に言えば、恐怖心や屈辱感を煽られる債務者→債務者に直接対峙することで感情を揺さぶられる末端社員→その末端社員の感情をケアし、コントロールする上位の社員、というように、いくつかの感情労働が重層的に折り重なることで、サラ金の債権回収業務は遂行されていた。205頁 

 

【読書感想文】実証史学への道

実証史学への道 一歴史家の回想
聞き手 笹森春樹
平成30年

実証史学への道 - 一歴史家の回想 (単行本)

 
 本書は、現代史家(あるいは、「歴史鑑定人」※本書のあとがきを参照)である秦郁彦氏の回想録である。
 回想録自体も読み物とし面白いが、時折さりげなく示される著者の歴史家としての矜持が特に興味深い。
 
 
私が自身に課した信条がいくつかあります。
 特定のイデオロギー活動にコミットしない。
 フィクションが無意識のうちに刷り込まれないよう、歴史小説やテレビの歴史ドラマはなるべく見ない。
 フェイク(偽)、ニュースや詐話師に振り回されない知恵と技法を身につける。164頁

 

 
 これは、虚実入り交じる膨大な情報が流通している現代では、歴史家でない者にとっても、賢明な判断をするために多かれ少なかれ必要な心がけであろう。

【読書感想文】最高の脳で働く方法

最高の脳で働く方法
デイビッド・ロック著
矢島麻里子訳
2019年

最高の脳で働く方法 Your Brain at Work(ユアブレイン アットワーク)

 
 本書は、脳の有効活用するために脳の仕組みの言語化を志向する。
 
 
脳のプロセスの違いはそれほど大きくはない。
 ・・・当然この変更は労力と注意を要し、自分の脳のパターンを理解したうえで、脳が反射的にしたがることをしないようにする必要があった。
 ・・・脳内の一見ささいな変化が、ときにはきわめて大きな効果をもたらすことがあるのだ。68頁

 

 
 
 関与するメンタルプロセスを明確な言葉で説明できれば、行動を抑止できる可能性が高まる。
 脳の働き方をよく知っておくことは有益であり、それによって、何かに取りくんでいるときに脳で何が起きているかを把握できるようになる。117頁

 

 
 
 各章末には、「脳に関する事実のまとめ」とともに「最高の脳で働く方法」という具体的方法が記載されている。
 いずれも誰でも意識を変えれば、実践が可能な内容である。
 
 ただし、意識を変えることは容易なことではないことには留意すべきである。
 本書でもその旨の指摘があり、この指摘こそが実は本書で最も重要なメッセージであるとすら思っている。
 
 

マインドフルネスは難しくなく、マインドフルな状態でいるのを忘れないようにするのが難しいだけ。191頁

 

【読書感想文】地面師

地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団
森功
講談社文庫
令和4年

地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団 (講談社文庫)


 本書では、積水ハウスが被害者となった事件をはじめ、複数の有名地面師詐欺事件が紹介されている。
 地面師詐欺は、詐欺の大枠は大胆であるものの、細部の手口は極めて精巧である。

 

 例えば、特筆すべき以下の指摘がある。

 

 ただ、事件に遭遇し、いろいろ聞いて回ると、最近の地面師たちは不動産取引に必要な書類を偽造するというより、同じ物をつくれるらしい。
 たとえば印影さえあれば、3Dプリンターを使って実印を作り、本物と見分けがつかないほど精巧な書類を偽造する。
 見破りようがないケースも少なくありません。130頁

 

 つまり、偽造文書そのものから不正を見抜くことは困難な場合があるということである。

 

 一方で、本書で紹介されている複数の事件で、当事者が事実経過に違和感を覚えていたことも指摘されている。
 そして、違和感を抱きつつも、決裁の都合などからこれを等閑視してしまったことが描かれている。

 

 本書で紹介されている極端な事例を起点に少し思いを巡らすと、一般的な取引においても、眼前の書面のみを盲目に信用すると、思わぬところで足元をすくわれるかもしれないという恐れを抱く。

 客観的事実との整合性、事実経過、関連人物など、少しでも違和感があれば、立ち止まるべきである。
 そして、最後は、自らから発せられる微細な違和感に耳を傾けることがセーフティネットになるのかもしれない。

【読書感想文】監獄式ボディビルディング

ポール・ウェイド著
山田雅久訳
CCCメディアハウス
2019年
 

プリズナートレーニング外伝 監獄式ボディビルディング

 
 
 プリズナートレーニングの外伝である。
 主として、トレーニングの背景にある総論を述べる。
 
 
 
 相変わらず、このシリーズの特色である得体の知れなさが存分に発揮されている。
 実証的根拠が示されない中で示される「常識」に反する提言についても、一度は試してみようと思わせる妙な熱量がある。
 
 真っ当な三食にジャンクを加えると筋肉がつくという考え方は、新しいものではない。
 昔のストロングマンは、今の世界ではゴミのように扱われている食べ物を摂って体を大きくしたものだ。
 サクソン兄弟は頻繁にケーキを食べ、ビールを主食の一部にしていた。
 ボディビルディングの界の〝巨星〟ジョン・グリメックが欠かさずに持ち歩いていたのは、大きなハーシーチョコレートだった。
31頁

 

 
 なお、トレーニーでなくとも、「テストステロンをチャージしろ」のパートは有益である。
 目新しい情報ではないが、活力のある状態で過ごすための条件を再認識できるはずである。
 
 14時間の睡眠が取れるならそうすればいい。
 生産性が落ちる“反社会的”な行為だって?
 何に比べて?
 Xboxをやりながら夜更かしをすることと比べてか?
141頁

 

【読書感想文】プリズナートレーニング

リズナートレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ
ポール・ウェイド著
山田雅久訳
CCメディアハウス
2017年

プリズナー・トレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ

 
 本書は、監獄でのトレーニングを背景とした自重トレーニングを相当な熱量で推奨する。
 実証的根拠は乏しくても、自らの経験と照合してみると、一定の合理性があるように感じられる内容であり、とりあえず試してみようと思わせる。
 
 本書はシリーズ化されており、増刷もされている。
 それなりに世間に好評ということである。
 
 もっとも、本書の著者がどのような者か(架空の人物かもしれない。)、どのような身体をしているか(ブヨブヨの肥満体かもしれない。)すら分からない。
 
 通常であれば、知識伝達の文脈において、専門知の欠如、素性不明などは、説得力を減殺するはずである。
 しかし、本書の場合は、通常はマイナスに作用する事項がプラスに作用したと思われる。
 
 トレーニング関連の書籍は、世に大量に出回っているところ、他書との差別化が第一関門となる。
 本書は、アメリカの監獄(=世間からすると未知の世界)をバックボーンとするという得たいの知れなさが、かえって興味を引く要素となっており、この第一関門を突破することに一役買っている。
 本書の「怪しさ」自体が、もはや一つのエンターテイメントであるといえる。
 
 本書は、固定観念にとらわれたトレーニーに対して、新たな試みをしようと思わせる極端な経験知を提供する。
 また、大衆に受け入れられるエンターテイメントに必要な要素を考える上でも興味深い素材といえる。

【読書感想文】プーチンの世界 「皇帝」になった工作員

プーチンの世界 「皇帝」になった工作員
フィオナ・ヒル、クリフォード・G・ガディ著
濱野大道、千葉敏生訳
畔蒜泰助監修
新潮社
2016年

プーチンの世界

 

 

 二段組み約500頁の大作である。
 文庫化されていないのは、内容の硬派さゆえに商業的には不発だったということだろうか。

 本書は、「ロシアを支配する男がどんな人物なのか、彼がどう行動し、なぜ行動するのか、彼がロシアをどう変えてきたのか」を理解するための補助線を提供する(4頁)。


 本書の執筆を通してわかったのは、ウラジーミル・プーチンにとって大事なのは、情報が真実かどうかではなく、彼の言動を相手がどうとらえるかである、ということだ。
 プーチンにとって興味があるのは、特定の現実を伝えることよりも、その情報に対する周りの反応を確かめることなのだ。

33頁


 本書を読んで、改めてロシア、プーチンを本質的に理解することの難しさを痛感する。
 歴史、宗教、イデオロギーなど考慮要素は枚挙にいとまがない。
 昨今のロシア情勢について、視野狭窄な偏見にとらわれ、事象を単純化して見ていないかという反省を迫られた。

【読書感想文】KGBスパイ式記憶術

KGBスパイ式記憶術
デニス・ブーキン、カミール・グーリーイェヴ著
岡本麻左子訳
水王舎
2019年

KGBスパイ式記憶術

 
 
 タイトルの印象とは異なり、本書で紹介される記憶術はオーソドックスである。
 
 
 人間の脳は視覚的イメージを記憶するのが得意である。
 そのため、情報を記憶するためのテクニック(記憶術)は、ほとんどが抽象的な言語情報や数値情報を想像力によって視覚的イメージに変換するという手法を用いている。
26頁
 

 

 意外に堅実な記憶術の紹介にプラスアルファとして「スパイ」の要素が盛り込まれている。
 机上での暗記ではなく、現場対応が想定されているのである。
 
 一流のスパイには、見聞きしたことのなかに重要な情報があれば、どんなに小さなことでもそれに気付き、その情報を既に知っていることとリンクさせて解釈できる能力が不可欠だ。
 つまり、諸君がこれから記憶力を鍛えるにあたってまず必要なのは、物事に気付く注意力と、その情報を既に知っていることに関連付けられる想像力だ。
28頁

 

 さらに、本書を読み物として面白くするための工夫として、「全編をとおして、ある防諜作戦のストーリーが展開し、さまざまな文書と主人公の日記によって、そのストーリーが語られていく」(17頁)。
 これについては、紙幅を割いている分、本書の記憶術に関する情報量は圧縮されているため、一長一短であるが、本書の特色にはなっているだろう。

【読書感想文】OPTION B

OPTION B 逆境、レジリエンス、そして喜び
シェリル・サンドバーグ、アダム・グラント著
櫻井祐子訳
2017年

OPTION B(オプションB) 逆境、レジリエンス、そして喜び (日本経済新聞出版)

 
 
 本書では、夫を亡くし、「オプションA」を失った著者(シェリル・サンドバーグ)が、いかに問題に向き合ったかを振り返る。
 
完璧な人生なんてあり得ない。
だからみんな、なんらかのかたちの「オプションB」を選ばざるを得ない。
この本は、だれもがオプションBをとことん使い倒せるようにするための本である。
17頁

 

 
ある者は、人生の中で断念した見果てぬ夢があるかもしれない。
そこまで大それたことでなくとも、誰もが日々の生活で失敗をし、気落ちする瞬間はあるはずである。
本書は、いずれの程度であっても立ち直りを必要とする者にヒントを与え、背中を後押しする。
 
本書で紹介されている具体的な技法をいくつか取り上げる。
 
恵みに感謝すること自体にも、よい効果がある(35頁)。
 
ネガティブな感情には「ラベル」をつける(ラベリングをする)と、対処しやすくなる(86頁)。
 
「本当にうまくいったこと」とその理由を毎日5分から10分かけて書き出した人は、3週間以内にストレスレベルが低下し、心身の不調も改善した(93頁)。
 

 

 
喜びの瞬間に目を向けるには、意識的な努力が必要である。人はポジティブなことより、ネガティブなことに注意を払うようにできているからだ(141頁)。
 
つらいできごとを別の視点からとらえ直す、「リフレーミング」(150頁)
 

自分の人生をコントロールしているという強い感覚(156頁)

 

【読書感想文】ORIGINALS 

ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代
アダム・グラント著
楠木建監訳
2016年
 

ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代

 
 
 
 オリジナリティのある人物は、その能力の根拠が才能に求められ、凡人では到達し得ない神格化された存在として描かれることが多い。
 そんな中、本書は、可能な限りオリジナリティの化けの皮をはぐことを目指す。
 
・・・オリジナルなことを実現して成功している人たちの中身は、私たちとさほど変わるものではない。
 彼らも、みなと同じような恐怖や不安を感じている。
56頁

 

 
 オリジナルな人たちが徹底的にリスクを冒すことなどしない普通の人たちであること(40頁)などが具体例とともに示される。
 
 
 
 また、知識がない場合は、じっくりと分析したときのほうがより確実な判断ができる(93頁)、「落ち着け」というアドバイスは間違い(329頁~)など、オリジナリティとの関連を度外視しても、役に立つ知見も含まれている。
 
 恐怖心は強烈な感情だ。
 ・・・この状態でリラックスしようとするのは、車が時速一三〇キロで走っているときに急ブレーキをかけるようなものだ。
 ・・・強烈な感情を抑圧しようとするよりも、違う感情にすり替えるほうが簡単だ。
332頁

 

 本書は、タイトルの印象に反した、学者による堅実な内容である。
 この堅実性ゆえの魅力は、空中戦が繰り広げられがちな類書の中ではかえって異彩を放つこととなる。